ウインターズ・ボーン 諦観と共に歩む

ウィンターズ・ボーン スペシャル・エディション [Blu-ray]

ウィンターズ・ボーン スペシャル・エディション [Blu-ray]

 紹介文である

全世界絶賛!各国映画賞46部門受賞!139部門ノミネート!世界中の映画賞を席巻したインディペンデント映画の新たな傑作が誕生!!
愛する家族を守るために、自分の未来を切り開くために、1人の少女が希望を持って力強く生きる姿に、誰もが心揺さぶられる感動作。

 に見事に騙される。けなげな少女が頑張るハートウォーミングな話かと思ったら、ドロドロの社会派サスペンスだったでござる……

 期待していた内容とは180度違っていたが、内容的には大満足。主人公を演じるジェニファー・ローレンスは数々の映画賞を総なめにしたことを裏付ける素晴らしい演技を見せてくれる。画面の中には完全に社会の最下層で家族を守るために孤独に歩き続ける少女が存在していた。ここまで重いテーマを緩むことなく描き切れたのは彼女の演技の賜物だろう。
 映画全体を貫く空気はとにかく陰惨で沈鬱だ。ただ家族を守ろうとする主人公に救いを差し伸べる大人はいない。それどころか閉鎖的な村社会の掟を理由に17歳の少女を徹底的に痛めつけるような、筋金入りの腐った大人達ばかりである。公権力である保安官も、ある意味でセーフティーネットである軍のリクルーターも、通り一遍の言葉を投げかけるだけで糞の役にもたたない。用意されているラストにしたって主人公のおかれた立場が劇的に改善された訳でもなく、未来への希望があるわけではない。
 だがそれでも主人公であるリーが示す生き方には肯定すべき意味がある。彼女は抗っているようで流されている。殴られても殴り返せないままだし、無力さを自覚しつつその無力さをはねのける何かも決して持ちえず、社会の最底辺であがき続ける運命なのかもしれない。だがそれでも彼女は生き続けるだろう。そしてその彼女の人生はとても尊く美しいもののように感じられるのだ。
 そしてそれは彼女に立ちふさがる汚れた人間達にとっても同じことが言える。彼らのありようはとにかく醜悪だ。他者に対する善意の欠片もなく、閉じられた世界の中で僅かながらの安寧を後生大事に抱えながら、汚れた存在であることを自覚しつつ生きている。彼らは決して断罪されないし、許しを与えられることもない。だがそれを映画では否定しない、ただ単純にそこに存在するものとして描かれ、ある種肯定的ですらある。
 ある意味でこの映画は一級品のノワールなのかもしれない。善なるものを徹底的に画面から排除しながらも、こと生きる意味に対して呆れるほど肯定的だ。泥水をすする人生であろうと、悪徳に溺れながらであろうと、人生に絶望しながらであろうと、確かに生きることに意味はあると愚直なまでに訴えている。
 キャッチコピーのように良い意味でかどうかはわからないが、確かに誰もが心揺さぶられる感動作であることに疑いはない。人を選ぶが誰かに薦めたくなる一品。

 ところで題材はアメリカ南部の片田舎、ミズーリの更にド田舎オザーク高原に住む貧しい白人一家。ハリウッド系ではまず間違いなくスルーされるレッドネックなPoor White Trashをモロに扱った映画である。
 時々アメリカ・ミステリなどで題材になるがアメリカ南部には未だに血縁関係をもとにした犯罪者集団というものが生き残っている。彼らは概して貧困の中にあり、決して近代的な犯罪集団ではない。生き残りをかけて都市部に進出したりはしないし、大きな犯罪に手を染めハイリターンを得ようとはしない。大抵はホワイトトラッシュとしてケチな犯罪を重ねて生きていくだけである。だがその保守的な姿勢ゆえ、彼らが支配する土地では未だに隠然たる権力を有し、その土地の中での危険度は都会における近代的マフィア組織にもひけをとらないらしい。
 アメリカ都市部の暗部だったり下層階級の現実は脚色されつつも多少は伝わってくるが、この手のド田舎の最下層階級ってなかなか情報が伝わってこない。アメリカのメディアはワールドスタンダードアメリカ像を押しつけるばかりでなく、足元に広がる真実も少しは伝える努力をするべきだと思う。